その21 質問と沈黙

私がイギリスで習ったD先生は、とても質問の多い先生でした。 初めてレッスンをしていただいた時の最初の質問は、

「What is “music”? 」(“音楽”とは、何のことだと思いますか?) な…なにそれ。 ヴァイオリンのレッスンというのは、もちろん音楽全体を学ぶ場でもあるけれど、でも結局は「どうやってこの曲を弾くか」という実際的なことに時間をかけることが多いわけです。 どうやったら、何を練習したら、もっと上手になるのか、ということを習いたくて行くわけです。 それなのに、音楽とは何かって? 予想外の展開。本当に困りました。 ほら、よく小学校とかで、当てられても答えられなくて沈黙しちゃう子、いましたよね?まさに、あれ。 沈黙しながらも、もちろん考えてはいるんです。でも、考えたって、ちょっとやそっとじゃ答えられるとは思っていないので(こんなに大きな質問!)、沈黙している間に先生が助け舟を出してくれたり、答えを先に言ってるれることを期待しました。 そう、D先生は、確かに途中で助け舟を出してはくれたんです。

「僕は、初めてレッスンする生徒には必ずこの質問をしているんだ。ある人は『音楽とは空気が振動して発せられる音のことだ』と言ったし、『音楽とは、すごく感動するものだ』と言った生徒もいる。人それぞれ答えは違うんだよ。 で、君の答えは?」 ↑いや、全然助け舟になっていないT_T

ますます「これを答えないと今日は帰れないんだ…(絶望)まだレッスンは始まったばかりなのに…orz」という状況へ追い込まれ、さらに沈黙が続き、でも答えられなくて、時間がどんどん過ぎていきます。でも、先生は諦めてくれない。 どこにも正しい答えは無いのだから、自分が考えついた事を自由に言えばいい、と解ってはいてもやはり、変なことを言いたくない、という心理が働いてしまいますし。 暫くしてからやっと、混乱グルグル頭にも出口が見つかり、音楽は…その人の人生を表すもの、だから…人生…life…そうだ! 「Music is Life.」 と、答えたのです。 が。 「Oh, good! Of course, music is life! …And?」(いいね、その通り!…それで?)

そう、そんな短い答えでは許してくれなかった! 一瞬にして、私はまた奈落の底に突き落とされましたとさ。 もちろん、その後はどこかで切りをつけて勘弁してくれたのでしょう。 その日私は、一生分の冷や汗をかいた気がしました。その時私は、18歳。 その後も先生は、レッスンの度に質問をしました。 予想される質問には、答えを準備していきましたが、いつも一筋縄ではいかず、さらに質問で返されることばかり。 その頃私は英語が全然喋れなかったので、英語の訓練の意味もあったでしょうし、シャイな性格なのでもっと喋らせなきゃ、という意図もあったと思います。 それプラス、自分の言葉で人に伝える…ということを通して、自分の音楽を、より豊かにヴァイオリンで表現できるように、ということを目標にしていたと思います。 もちろん、そんな「質問」と「沈黙」の連続は、私にとっては毎回恐怖で、レッスンに行くのが本当に嫌になりました。 そして毎回、とても悔しい想い終わるのです。 でも、嫌だと言って、他の先生を探すとか、日本に帰ることだって出来たのですが、そうしなくて本当に良かったと思います。 いつの間にか試練を乗り越えた…なんて立派なものではありませんが、先生の方針は徹底しており、今考えると尊敬以外ありません。 その経験は、確実に演奏にも好影響を及ぼしました。 さて、そんな風に鍛えられた私。 自分の生徒にも常に「自分で考える」力を付けでもらいたいと願って、よく、質問をします。 「ここは、これが下手だから、こういう風に練習して」とか「この曲はこういう曲だから、こういう風に弾くんだよ」と最初から言ってしまえば早いのですが、 「そこ、弾けてないけど、何が問題だと思う?」 「この曲は、どんな時代にどんな人が作曲したの?」から始めて、だんだん核心に近づく。 えらく時間がかかるので、毎回そんな風には出来ないけれど、時間が許す限り、考えさせてから答えを導き出します。 だってそうしないと… あまりに、何も考えずに手だけ動かす子が多すぎて。 自分で問題点を見つけて、解決の努力をする、とか、もっと良くするには何が足りないか考えて研究する、ということが出来なければ、将来困りますし、

ただ弾いているだけでは、全然上達しません。 もちろん、自分で考えて分からなかったら、ちゃんと質問しなさい、とも言います。曖昧にしたままスルーしちゃう子も、多すぎる。 冒頭の私のように沈黙してしまう生徒には、何か答えるまで容赦なく沈黙を続けます。間違った答えでも、トンチンカンな事でも、何でもいいから何か言って欲しいと伝えます。だって、それからじゃないと話が進まないでしょう? でも、生徒さんの中には、質問される(=答えられなくて沈黙する)のが嫌な人もいまして。 …そりゃあ誰だって嫌でしょう。逆に、だからこそやっているんだもの。 特に日本人にはそんな子が多いと思うし、私自身もそうでした。 そんな私は、D先生に出会えて人生が変わりました。 D先生は、世界中から生徒が集まる、とても人気のある先生です。でも、教え方が一風変わっているというか、オリジナリティの強い先生なので、合わない人は合わない、とも言われており、確かに、すぐに辞めてしまう生徒さんも何人も見ました。 万人受けする=良い先生、では決してないと思います。

だから、すべての子供たち、学生さん達に好かれる先生になる、ということ、それ自体は、私の目標ではないと思う。生徒たちに個性があるように、私にも、個性と信念があります。

でも、そんな風に思って頑張っていても、心が折れそうになることも、たまには。

まだまだ、これからな私です。

今は年度末。4月の新しい出会いが楽しみです♪

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